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空、花、コスメ

空、花、コスメ、好きを綴ります

愛を注ぐ人

昨日の愛を乞う人が母なら

私は愛を注ぐ人。

愛を注げば愛されると信じてた。

究極のよいムスメを小さい頃から
離婚する41才まで演じた。

結局愛を注いでも離婚した夫には届かなかったのだ。

20年連れ添った。
頑張った。
よくやった。

どんなに人格踏みにじられても
私を否定されても許し我慢してきた。
19年目、父の入院をきっかけに
それが雪崩のように崩れる、あっという間に。

理由はただひとつ。

私も私を愛する、大事にする方法を知らなかった。
自己肯定感が低い人だったのだ。

自分を知らず、人に委ねていた。
歩いているのは自分の人生ではなく
離婚した夫の人生だったのだ。

引き寄せた離婚した夫も同じだった。
自己肯定感が低く、親に敷かれたレールを
歩いてきた人だったのだ。
でも、育った環境が自営業だったから
それも当然だったのかもしれないけど。

私は自分を愛するレッスンを
離婚してから学び続けた。

カラーセラピーアロマテラピー
心理学、ヨガ。

ヨガは本当に効果的だった。

続けるうちにどんどん価値観が変わってく。

『正しい』、『間違ってる』
『良い』、『悪い』

という、判断なんて無駄なこと。

ただ心地よいという感覚を続けていく。

自分であることを心地よいと思う。
前屈が苦手だったのにできるようになった。
そんな小さな喜びが積み重なり自信となる。

それを教えてくれたのはヨガだった。

私は愛を乞う母親に育てられた。
だから同じように愛を乞うていたと思う。
自分が愛されたいから人を愛していたと思う。

違ってた。 

自分愛さなきゃ、人も愛せない。

離婚はそれを私に教えてくれた。

思えばすごく辛いレッスンだったけど、
今、ひとつの後悔もなく
ここにいる私が誇らしい。

長い時間をかけて
小さな頃の私が、インナーチャイルドが、
喜びをみつけた。

私は私でいいんだよと。

自分が楽しくなきゃ、心地よくなきゃいけない。

ね💕

愛を乞う人

2月以来の更新。

忘れてたブログ(笑)

3月1日に母親が緊急入院した。
第一腰椎圧迫骨折。
現在入院中リハビリしています。

ブログタイトルの愛を乞う人。

愛を乞う

誰もが愛されたい、愛されたい。

All you need is love.

私は愛したいほうだと自覚してる。

愛を注ぐほうなのかもしれない。

身を削り愛する方だったけど
やめた(笑)

これは私の母のお話。

81才。

小学校低学年の時にほぼ数ヵ月の差で父親を亡くしたあと母親も亡くなった。

兄姉に育てられた母親は人に
迷惑をかけたくない。
そんな脅迫観念で生きてきた。

文字通りマジメにきちんと
生きてきた。

私の家は父、母、兄、私の四人家族。
父は約八年前に他界した。

母が『愛を乞う人』だと
気がついたのは
私が離婚をしてからのこと。

何か私や兄が母親のお世話をすると
気に入らないと怒り、
私に貴女が悪いという罪悪感を植え付けて自分の世話をさせようとする。
離れられないようにする。  

共依存だ。

気がついた私は、
『私は私で、貴女は貴女だ』と
繰り返し伝える。
境界線をつけなければ
共依存の波に飲み込まれる。

離婚して心理学やインナーチャイルドについて学んだ私は母親のなかの
インナーチャイルド』に
たびたび出会うことになる。

『だって私、あなたたちを一生懸命育てたのよ、返してくれるのが当然じゃない、親孝行してよ』

と、ある日言われた。

いや、子供には子供の人生もあるんですけどね…。
親孝行ってそもそも子供が
元気でいてくれることが
親孝行だと私は思ってるよと話す。
 
だってね、
おぎゃーって生まれたときから
もう別の人生ですから。

母のインナーチャイルドはまた叫ぶ。

『私を愛してよ、そばにいてよ、私の気持ち分かってよ』

無言の母の心の叫びは続く。

わかりません。
だって私も兄も貴女の親じゃないし、夫でもないもん。

娘として母を愛してるけど
一蓮托生のようには愛せないよ。

親を幼くして亡くした母には
無償の愛を注いでもらった経験が
薄かったのだろう。

年齢を重ねるごとに
『愛を乞う』傾向が強くなっている。

心が不安定なんだろう。

自己愛ってナルシストみたいに
思われるかもしれないけど
自己愛って大事。

何したって自分を認めて自分の気持ちに寄り添えるのは自分。  

『今、自分が何を感じているのか』を自分がキャッチして
自分で動かなきゃね。

自分のよき理解者はまずは自分でなきゃいけない。

まるで小さな子供のように
周りに愛を乞う母。

愛を乞うてる自分には気づいてない。

頑張ってる自分にヨシヨシして
あげられるのはまずは自分。  
自分で自分をまず愛してあげることを
覚えてほしいと願うムスメです。

この間テレビで自分を褒めて眠りにつくとよい睡眠になると話してた医者がいたけどすごく納得した。

私も私の人生があるから
母親には無償の愛は注げないし
子供っていい意味で

『親を裏切るもの』だと私は思ってて。

思い通りにならなくてナンボだと
思っている。

決して親は子供には  

『愛を乞う』てはならない。

間違えなく今の母親と私は
逆転の立場にいる。

機能不全家族👪とは
いいたくはないけど

母親のアドバイザーやカウンセラーになってしまっている。

そろそろ私もカウンセラーはやめたい。

私の道を歩かなければと思う。

そして私は息子に
『愛を乞う人』にならないようにしなければ。

委ねてみようかな。

私はどうやら素直すぎるらしい。

沢山の情報に埋もれると
自分軸を見失うこともあるようで
マイペースでいながら
誰かを極端に信頼してしまうとか
そんなところがあったようだ。

時々SNSを離れる時間が
必要なこともある。

溢れている情報の中で
自分に必要な情報を上手く
ピックアップする
そんなことも必要なんだとしみじみ
思う。

去年辺りからどうも
今までいた場所や人間関係が
変わってきてて
次の場所が何処なのか探してる感じだとは思ってて。

でも未だ見つからないんだけど(笑)

あっ、今、ブログ書きながら
次の場所が何となく見えてきた。
そこに行かなきゃ。
 
何だろ、この変化は?

これ以上今までの場所にとどまる必要はないんだよと
誰かに背中を押されてるようだ。

この変化の波は私をどこに
連れていくのだろう。

委ねてみようかな。

亡き父に感謝

自己肯定感の低い親に育てられ、
自己肯定感の低い子供になった私。


同じく自己肯定感の低い兄に
自分の欠点ばかりを指摘され育ってきた私。

同然のように私の子供も自己肯定感が低い。

ふと思う、
これは先祖代々からの思い込み?なのではないかと。

今、私がたちきらなければ!と思ってる。

母親がうつ病
兄もメンタルが弱い。

でも母親は立ち直りつつある。

息子も抜毛を殆どしなくなってきた。

私もカラーセラピーや心理学を
学んできたことは
私の人生には必要だったのだと
今は心から思っている。

父親の死と離婚をきっかけに
学んだことだった。

父親が最後に私に

『お前は母親に似てるところがある』
気を付けなさいと言われた。
父に導かれたようだった。

私はあなたの娘に生まれて
本当に感謝しています。

父親が生前に言えなかった言葉。
言おうと思ったとき
もう父は話せなくなっていたから。

今、天国の父へ

大きな声で伝えたい。

ありがとう🍀

私があなたと一緒に母や兄を息子を
見守っているような気がします。

ひとりではないのだと。
 
これからは自信を持って
今の私を生きていきます❗

2年ぶり

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履歴書書き。

2年前も書いてた。
でもそのあと入院して手術しちゃって。

面接来てくださいって言われてたとこを断っちゃった😭

あれから2年経ったんだね、早いもんだわ。

ハローワークでアロマショップの求人みかけたので応募したくなりまして、
勤務は4月からみたいで、
週に3、4日みたいなので
今の自分にはちょうどいい感じ。

ずっと自営業者だったから
外で働くのは6年ぶり❗

好きなアロマがお仕事になるなら
こんな幸せはない!
接客業は嫌いじゃないし。

お客様にアロマやハーブのお話が
できたら嬉しいなぁ😃✨💗

志望動機の欄、なんて書こう〰❤
何だかドキドキです😍💓

生まれ変わった?

毎日、当たり前のように来る心境の変化に戸惑う毎日。

あれほど過去にとどまっていた自分がどんどん変わっていく。

全てが過去になり
前を向いてる自分に驚く。

過去を振り返り
今の自分によし!をあげられるまで
少し時間かかってしまったけど
この場所にいて
色んな人に助けられていることに
感謝を心からしている。

未来に不安はなくはないけど
今ここにいる幸せを感じていよう。

着実に自分の足で一歩ずつ歩いていこう。

まずは体調をみながら
久々に仕事探そうと思う。

これが私の春からのチャレンジ❗😆

そして願わくば新たなパートナーを🙋

思わぬ変容をみせてる自分に
戸惑いながらも
新たなに生まれ変わったような
気持ちだったりします。

どんなに辛いことも悲しいことも
時が解決してくれる。
時が全てを洗い流してくれる。
そして過去すらもいとおしい時間になる。

今、ここにいる私は
もう過去の私ではないことも。
過去に戻るのではと
怯えることももうないと思う。

混沌とした中で

今、とても不思議な状況だ。

七年間癒しというものを学び
夢中で追いかけていた自分。

後悔はない。

自分は0に戻ったようで。

でもこの七年は決して無駄ではなく
むしろオトナになりきってなかった
私には必要な成長の時間でもあったように思う。

でも随分と色々なことがありすぎた。

でもそこから一旦離れることにしたのだ。

私の中は手放す寂しさ、空虚感、
これからの人生への不安や期待が
入り交じったような感覚で。

次になにが待っているのかは
私にもわからない。

今は客観的に自分をみていたい。

今は混沌とした中だけど
生きてきた中で一番穏やかな
優しい気持ちなのがなぜか不思議。

なぜか私がなにもしなくても
周りが良い方向に変わってきている、
そんな奇跡。

自分を見つめ、知る旅をして来た七年間。

苦しいこともあったけど、
色んなチャレンジができて楽しかった。

今は寂しさも不安も全部受け止めて
次の道を探そうと思う。

もしまたこの道に戻りたくなったら
戻ればいい。

道はいくらでもあるから。